教師の感想文

「いじめが終わる方程式」を実践した方の体験談

いじめが終わる方程式と出合って
県立高等学校教諭 S.Iさん

「いじめが終わる方程式」講演会に出合ったころの私は、教師生活19年目で、それなりの経験を積み、学校でも色んなことを任される年齢になっていました。しかし、外側の状況とは裏腹に、自分自身に対する信頼は低く、精神的に非常に厳しい教員生活を送っていました、まず、生徒との関係がうまく作れない、思うような授業ができない。教育現場に山積する課題に前向きに対処する意欲さえ萎えていました。このような状態でしたから、体調もすぐれず、毎週月曜日になると腹痛で下痢気味になり、朝のSHR(ショートホームルーム)へ行くのが大変苦痛でした。何が一番緊張の種だったかというと、SHRの連絡事項が少ない時、連絡を終えた後の空白の時間をどのように生徒と過ごせばいいのかという悩みでした。ちょっとした会話をすれば過ぎるような短い時間でしたが、その「ちょっとした会話」も出来ないほど私と生徒の間には緊張がありました。決められたことを話す時でさえ、それが大事な内容であればあるほど力が入り、緊張し、逆に伝わらないという経験も何度もしました。何をそんなに緊張しているのか自分でもよく分かりませんでした。高校生が好きで先生になったはずなのに、生徒たちといると緊張してしまう。自然に自分らしく振る舞うことが出来ないことに苦しんでいました。

またその年はちょうど、教員免許更新の年でもあり、夏休みに大学で講義も受けていました。その1つに「いじめ防止対策推進法」についての講義がありました。講義の最後に講師がおっしゃった一言が強く印象に残りました。「先生方がこれまでの経験や良識で教育活動を行っても、裁判に訴えられることがあるとしたら、それはこの法案に則っていじめに対処しなかった時です」この言葉を聞いたとき、私は何か得体のしれない不安と怒りが湧き上がるのを感じました。もちろん子どもを守るための法案なので、それ自体への反論ではありません。ただ、多様な生徒を理解して、それぞれのケースに適切な解決策を話し合って対応していく。そんな当たり前のことさえも、問題解決に翻弄される自分を想像しただけで気持ちが疲弊してしまいそうでした。

「どうやったらこの仕事を辞められるだろう。主人と子どもに何と言ったらいい? いったいこんな風にして何歳までのこの仕事を続けられるのだろう」日々の業務を淡々とこなしてみせながらも、ものすごい葛藤が自分の中にありました。

そんな中、「いじめが終わる方程式」講演会と出合いました。初めて聞く内容でしたが、「なんだ、そんな仕組みがあったんだ。自分が理解すればいいんだ・・・」そう受け取れ、かなり楽な気持ちになって家に帰ったのを覚えています。すると、不思議なことに翌日から教室に変化が起きていました。

まず、私の近くに訳もなく生徒が集まってきました。そして、家での他愛もないことを話し始めるのです。こんなこと、このクラスでは初めてでした。そして、日を追うごとに緊張も解けていきました。

ほどなく生徒たちから相談をもちかけてくるようになりました。放課後に時間を忘れておしゃべりすることもありました。ありえないほどの変化に一番驚いているのは私でした。自分が講演会の話を聞いて緩んだだけで、こんなに周りが変わるとはどういうことだろう。と、今度は、その理論を知りたくて、「いじめが終わる方程式」を産み出した新しい思考方法をさらに勉強し始めました。

すると、仕組みを知ることで問題が問題でなくなるという体験を何度もさせていただき、現在は別の高校に赴任していますが、今までにないほど生徒たちと豊かな時間を過ごさせていただいています。

私の体験ではありますが、この様な思いで苦しんでいる教師は少なからずいるかと思います。多くの教師がこの仕組みを知り、楽になることで、目の前の生徒や保護者も楽になるのではないかと思います。

学校は相変わらず「成果と課題」「問題と解決」を繰り返していますが、学校は本来、共に学びたいもの同士が、自分の意志で集う場所であると思います。そのような本来の姿に戻れるよう、これからも仲間と一緒に実践を続けていきたいと思います。

いじめが終わる方程式の可能性
元公立中学校教諭 H.Tさん

私は、もともと中学の教師を30年間近く大阪で行ってきました。自称、熱血教師でした。特に「いじめ」に対しては許せないという思いが強く、懸命に「いじめ」をなくすことに取り組んできました。しかし、「いじめ」は次から次に起こり続けました。「いじめ」の噂があるとすぐに周りの生徒に徹底した聞き取りを行い、「いじめ」の事実を確認していきました。いじめている生徒の中には、しらを切る生徒もいました。その時には怒鳴りあげ、胸ぐらをつかみ、椅子を蹴り上げることもありました。学年集会を開き、全生徒に、「いじめ」を受ける者のつらい気持ちが伝わるように訴えました。表面的には目に見える「いじめ」は少なくなりました。

しかし、そんな苦労も空しく、「いじめ」を受けていた一人の卒業生が、二十歳になってから自ら命を絶ちました。本当にショックでした。彼女に対し、自分のしてきたことが、全く力になっていなかったという現実を知ることになりました。それから数年後、私は親父の介護のため教師を辞し、田舎に帰ってきました。しかし、教師を辞めても、いつまでも亡くなった女子生徒の死は、私の心から離れることはありませんでした。

教師を離れて7年たったある日のこと、「いじめが終わる方程式」の講演会に出合うこととなりました。この話を聞いた時、鳥肌が立ちました。この方程式を、子どもたちに伝えていたら、もしかしたら、あの一人の生徒を救えていたかもしれない・・・と。この方程式を子どもたちが当たり前に学べたら、もう、子どもたちにあのような辛い目に合わせなくてすむのかもしれない。そして、私のような、子どもを守れなかった教師の苦しみも終わるのかもしれない。「これしかない!」という衝撃が走りました。

その想いから、私の住んでいる若狭の地に「いじめが終わる方程式」を広げる運動を始めました。
「いじめが終わる方程式」を教育現場に導入することで、「いじめ」だけでなく、教育全体の再生が可能になることを感じています。そんな日が1日も早くに実現できることを願っています。

学校現場がどんどん変わっています!
私立中学校教諭( 30代男性)

私が、「いじめが終わる方程式」に出会ってから、生徒の反応も、成長も規格外となることが数多くありました。そして、私の教師としての在り方も大きく変わりました。
1つの例として、私のクラスの生徒がいじめの悩みがなくなったことで、テストの平均が60点から80点に変化。
運動では両脚が慢性的な痛みを伴っていましたが、スポーツ大会で優勝、スポーツテストで優秀賞となる大変化がありました。また、その生徒は一人で旅をするなど自分のしたいことを見つけ、内向的な性格が積極的に行動する生徒に変化したのです。
自由に自分らしく生き生きとした姿に本当に驚きました。この生まれ直したような変化を体験したのは初めてのことでした。(このような変化はこの生徒一人ではありません。)

私の変化としては、教師として生徒をしつけ、成績を伸ばさないと!など、『こうしなければならない』という観点で接していました。つまり、私が『良かれ』と思ってしていただけの一方向の指導でした。しかし、新しい思考様式を知ったことで、生徒の考えや思いを受け止める器ができるようになり、これまで生徒の話を聞いていたと思っていましたが、全く聞けていなかったことに気づけました。それ以降、話を聴くことで、生徒の表情も行動も変わり、同時に話を聴いた私にも元気なエネルギーが湧き上がるようになりました。

この新しい思考様式から導き出された「いじめが終わる方程式」を、全国の教師や子ども達が学ぶことで、教育現場において様々な可能性が広がることを感じています。